通信事業のクラウド移行を支援する

 ビクター・バール(Victor Bahl) マイクロソフトテクニカルフェロー兼Azure for Operators最高技術責任者

通信事業者にとって、クラウドへの移行の道のりには多くの課題があり、中にはより複雑なものもあります。ここで重要なのは、通信事業のクラウド移行への道のりに関しては、万能のソリューションというものは存在しないということです。通信事業者には、セキュリティ、観測性、回復力、パフォーマンスなど、それぞれ固有のニーズがあります。

そのため、マイクロソフトでは、既存のクラウドサービスを単に再パッケージ化するだけではなく、事業者の皆様をサポートするレベルのサービスを提供しています。通信事業者のワークロードが何を必要としているのかを正確に把握することは非常に重要であり、フォールト・トレラントなサービスをお客様に提供するために通信事業者が課す要求を満たすためには何が必要なのかを知ることも重要だと考えています。

このブログでは、マイクロソフトが事業者にコミットし、長年の研究から生まれた実践的な製品戦略を展開しているその一例をご紹介します。これは、今日、Azure of Operatorsの一部としてオペレータに提供しているソリューションに直接つながっています。

セルラーパケットコアをクラウドに導入

数年前、マイクロソフト社は、ハイパースケールのパブリッククラウド上にセルラーコアネットワーク(EPC)を実装することの実現性を見極めることを目的とした研究プロジェクトに着手しました。その結果、パブリッククラウド上のEPCのための分散ネットワークアーキテクチャの研究プロトタイプが完成しました。これはクラウドサービスとして動作し、パブリッククラウドの予測不可能性とのバランスを取りながら、高いネットワーク可用性を提供します。オリジナルのEPCデザインを維持しながら、このプロトタイプのクラウドEPCは、セルラーコアネットワークと同じ基本機能を提供し、標準的なセルラー機器(電話機や基地局など)と互換性があります。

クラウドへの移行を計画している通信事業者のニーズを理解するために、Azure上にクラウドEPCを展開し、実際の携帯電話と合成ワークロードを組み合わせてテストを行いました。その結果、当時の既存の通信事業者のソリューションと比較して、高い可用性と、多くの商用携帯電話ネットワークに匹敵するレベルのパフォーマンスを実証しました。

ハイレベルなネットワーク展開のための研究プロトタイプ

図1:ハイレベルなネットワークを展開する研究用プロトタイプ

最終的には、パブリッククラウドを活用した分散型ネットワークアーキテクチャの可能性を提示し、事業者のインフラ管理の負担を軽減できる可能性を示唆しました。

一歩先へ

マイクロソフトでは、前述のプロジェクトは、認識と専門知識を深めるためのスタートに過ぎず、この2つの知識は現在、クラウドへの移行を進める通信事業者に役立てられています。そこで、初期のプロトタイプのクラウドEPCが、実際のモバイルトラフィックを伝送しながら、現実世界でどのように機能するかをさらに理解するために、この初期のプロジェクトから得られた知見を、2年間にわたる実際のセルラーネットワークの実験に取り入れました。

この実験は、イギリスのケンブリッジ市と共同で行われました。この実験は、市内のさまざまな場所に設置された5つのセルラータワーで構成されており、従来のブロードバンド環境が整っていない地域に貢献することを目的としています。マイクロソフトは、このクラウドEPCを、アイルランドのダブリンにあるAzureのパブリック・リージョンに展開し、オランダのアムステルダムにあるフェイルオーバー・リージョンと並行して配置しました。この小規模なネットワークを使ったトライアルは、全期間にわたって正常に動作し、一度も停止することなく機能しました。マイクロソフトは、技術的にも運用的にも豊富なデータを得ることができ、それを現在、事業者のために活用しています。


ケンブリッジ実験のデータ


図2:ケンブリッジ実験で得られたデータ


4つの重要な教訓

1. 実現可能であること

ケンブリッジ実験で得られた最も重要な成果の一つは、通信グレードの仮想ネットワーク機能(VNF)が、ハイパースケールのパブリッククラウド上で実際に機能することができるという概念です。EPCが国外のクラウドにあったにもかかわらず、マイクロソフトは確かなネットワーク性能を持つライブLTEネットワークを提供することができました。トラフィックは毎日20~40GBに達し、リンクの最大スループットは20Mbps以上でした(5MHzで2×2 MIMOを使用)。この間、ほとんどのユーザーが最低でも4Mbpsのダウンロード速度を得ていました。

2. セットアップが格段に速い

通信事業者は、クラウドへの移行という複雑な問題を解決するために、どのようなツールやサービスが利用できるのかを知りたがっています。私たちの実験によると、EPCをクラウド上に配置することで、セルラーの展開がはるかに容易になります。従来のEPC機器の調達と試運転だけでは、資本支出の必要性は言うまでもなく、数ヶ月かかっていたかもしれません。その代わり、新しいAzureリージョンで開始するのに5分もかかりませんでした。

3. 信頼性が高い

ハイパースケールクラウドは、事業者が求める高可用性の基準を満たしていないという懸念に対し、本研究では、Azure上で稼働するVNFの信頼性が高いことを証明しました。3カ月間にわたってAzureのさまざまなコンポーネントの信頼性を測定したところ、Azureは4つのナインの可用性を満たしており、この試験には十分なものでした。ここで重要なのは、Azureの他のサービス(Azure ExpressRoute、Azure Availability SetsやAzure Availability Zonesにまたがるデプロイメント、信頼性の高いデータストアなど)をデプロイメントに組み込むことで、ネットワークのアップタイムをさらに向上させることができるということです。

4. メンテナンスが容易である

実験で得られたもう一つの重要な発見は、ネットワーク管理の容易さです。マイクロソフトは、Azure上にネットワーク管理インターフェースを記述して、日々の運用を行うことができました。また、Azureのデータ分析ツールを活用することで、ネットワークの健全性を監視し、Azureポータルを通じてアラートを生成することができました。このように、1行もコードを書かずに実現したことで、1人のチームメンバーがネットワーク全体を管理できるようになりました。

これらは、今日の通信事業者にとってどのような意味を持つか?

マイクロソフトは、ケンブリッジ大学での実験をはじめとする研究、先進的な技術を用いてネットワークを運用している何百ものお客様との実践的な経験、そして世界中の通信事業者との深い関係に基づいて、戦略とサービスのポートフォリオを改良し続けています。これらの学びから得られた設計上の特徴には、以下のようなものがあります。

マイクロサービスベースのアーキテクチャの採用によるフットプリントの削減とパフォーマンスの向上

例えば、IPマルチメディア・コア・ネットワーク・サブシステム(IMS)は、ハイブリッド・クラウド・アーキテクチャ内のコンテナで動作するように設計された、初の商用クラウドネイティブ・ネットワーク機能です。通信事業者のインフラに対する財務上の要求を満たすためには、小さなコンピュートフットプリントが必要であることを認識した上で、採用したマイクロサービス手法は、回復力、柔軟性、拡張性のメリットを実現するのに十分な粒度でありながら、データの永続性やパフォーマンスに影響を与えるような粒度ではないことを確認するように注意しました。

また、リアルタイムのユーザートラフィックをサポートするネットワーク機能については、さらなる複雑さを考慮する必要があり、過剰なCPUサイクルやカスタムハードウェアを使用することなく、シリコンに近いスループットを実現する新しいデータプレーンアクセラレーションとパケット処理パイプラインのイノベーションが必要でした。これらの技術は、まずセッション・ボーダー・コントローラーに採用され、その後5Gコアにも採用されました。これらの技術は、リソースが非常に限られているマルチアクセスのエッジ・コンピューティング環境に特化して構築されています。

同様に、Unity Cloud Orchestrationなどのソリューションでは、クラウドネイティブ技術を活用して、コンテナ化されたネットワーク機能をKubernetesなどの単一のツールで管理することで、オーケストレーションを簡素化しています。Unity Cloudでは、キャパシティや高可用性のネットワーク機能が動的に管理されるため、キャパシティや高可用性のネットワーク計画にかかる時間や複雑さが軽減されます。また、Unity Cloudは、マイクロサービスを使用することで、機能提供やソフトウェアおよびパッチのアップグレードプロセスを簡素化します。

自動化された管理レイヤーの利用による運用コストの削減

ServiceIQとUnity Cloud Operationsが実現するサービスオートメーション機能は、ビジネスインテリジェンス層へのアプリケーションプログラミングインターフェース(API)として公開されており、通信事業者は、より安全性、柔軟性、効率性、拡張性、弾力性のあるネットワークを構築することができます。これらのネットワークは以下のようになります。

  • Self-healing : ビッグデータとAIを活用して、ネットワークに故障予測モデルを構築し、そのモデルを自動化プロセスと組み合わせて、故障状態を回避するためにネットワークの構成を変更することができます。
  • Self-defending : 挙動分析モデルを構築して、ネットワーク要素の挙動が異常であり、コンポーネントの危険性を示している可能性があることを特定できます。自動化されたプロセスでは、疑わしいネットワーク要素をサンドボックス化して、さらなる分析や修復を行ったり、最後に確認された良好な設定に戻したりすることができます。
  • Self-optimizing : AIは、より効率的なコンピュートリソース、無線リソース、電力設定につながるパターンを認識し、それに応じてネットワーク構成を調整します。

  • Self-configuring : 新しいネットワーク要素が追加されると、それらは自動的に認識され、プロビジョニングされ、ネットワークに設定されます。

事業者がマイクロソフトのファーストパーティのVNFやクラウドネイティブネットワークファンクション(CNF)を選択した場合でも、Azureプラットフォームで認定されたサードパーティのVNFやCNFパートナーと連携した場合でも、Azureは、基盤となるクラウドプラットフォームが、コアネットワークワークロードのサポートに必要な回復力の確保、パフォーマンスの管理、実行の自動化に必要なオーケストレーション、管理、公開機能を提供することを保証します。

当社の取り組み

通信事業者のクラウドへの移行をサポートするために、マイクロソフトが行っている取り組みのレベルは決して低くはありません。ここに挙げた研究は、私たちが継続的に取り組んでいる数多くのプロジェクトのほんの一例に過ぎず、今後のロードマップに反映されていくことでしょう。最終的には、クラウドへの移行を可能な限りスムーズにするために、事業者をサポートするための方向性を、この一連の知識が導いてくれます。マイクロソフトは、ハイパースケールパブリッククラウドの展開における信頼性、スピード、一貫性に関しては、通信事業者をサポートするのにこれ以上適した企業はないと考えています。

さらに詳しく

マイクロソフトのビジョンと戦略については、Azure for Operators: A cloud for network operators ebookAzure for Operators infographicをご覧ください。



原文:Empowering operators on their cloud migration journey

※Azure for operatorsのページで「Learn how telecom operators are transforming with Azure」となっているのでtelecom operators=通信事業者としているがあっているのだろうか...